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茅葺き屋根の山門がかわいいお寺|西光寺|広隆寺から歩いて5分

「京都・嵯峨・太秦の古寺を訪ねて」最終回の記事は、広隆寺から歩いて5分の所にある「西光寺」です。

■道が細いので、歩きがオススメです

広隆寺から歩いて5分のところなのですが、かなり道が細いので、Google mapを片手に歩いた方が、道に迷わずに済みます。少し歩いて、左にひょいと曲がると、見えてきます。

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■茅葺き屋根が目印です

住宅街に、突如、特徴的な茅葺き屋根の山門が現れます。かわいらしい山門に、ほっこりします。

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■法然上人のご遺骸をお隠ししたお寺

ご住職のお話によると、1227年、お念仏の教えの広まりに反対した僧侶たちが、法然上人のお墓を破壊し、ご遺骸を鴨川に流す計画をしました。その企てを知ったお弟子さん達が、奥嵯峨の二尊院にご遺骸を移して、お隠ししたのですが、すぐに見つかってしまったので、西光寺さんに密かに移したんだそうです。そして、法然上人のお弟子さんで、西光寺開祖である円空さんが、翌年の1月25日までご遺骸をお護りしたんだそうです。

私の事で恐縮ですが、結婚3年目の25歳の時、嫁ぎ先の義父から急遽、お仏壇を預かることになり、嫁ぎ先が浄土宗だったので開祖の法然上人のことや浄土宗について、本を買って勉強しました。当時は今のようにネットが普及してなかったので、あまり知識が増えなかったんですが、今は本当に便利な時代になりました。当時は一枚起請文とかも、空でいえるくらい供養のために色々覚えました。今でも多少は覚えています~。なので、「法然上人」というと、親近感がわきます。

それにしても、回りの友人が「コンパ」とか「海外旅行」とか華やかだったのに対し、今更ながら随分地味な20代だったなと。

■この方が詳しく書いておられます

こちらをクリック

それにしても、本殿はRC造りのしっかりした建物でした。個人的には、山門とのギャップが・・・。ご本尊は「阿弥陀如来坐像」(重文)(95㎝)。平安時代初期の作です。やっぱり、ご本尊を火事などから守る為に、RCなんでしょうかね?

こちらは西光寺さんのホームページです。

西光寺

〒616-8167 京都市右京区太秦多薮町30

TEL 075-861-0985


今日で、「京都・嵯峨・太秦の古寺を訪ねて」の記事はおわりです。何度もおつきあい頂いて、ありがとうございました!

 

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Ai設計駐車場の桜が三分咲き|日進市|お引き渡しでした

Ai設計の駐車場は、近所の「清峰院」さんというお寺さんの駐車場をお借りしています。すぐ横の桜の木をふと見ると、三分咲きでした。私は桜の木の下の、灯籠が気に入っていたりします。

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■日進市でお引き渡し

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そして、日進市では、白い家のお引き渡しでした。インテリアは今若い方たちの間で流行っている、シャビーな感じでまとめられていて、すごくかわいかったです。(インテリアは担当別の者です。私は設計のみ)出来上がりがステキだと、やっぱりうれしいですね。今日も楽しい一日でした。

 

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桜とのコントラストがきれい|広隆寺|講堂

「京都・嵯峨・太秦の古寺を訪ねて」5回目の記事は、広隆寺の「講堂」です。

■広隆寺の正門をくぐると、正面に見えてきます

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■桜が三分咲きでした

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広隆寺 講堂(重要文化財)

拝観は、外からのみで、わずかに空いた扉から中の様子を見ることが出来たんですが、真っ暗でした。説明によると、中央に国宝の阿弥陀如来坐像があるそうです。

私は外の佇まいが気に入ってしまいました。

広隆寺記事 その1

広隆寺記事 その2

広隆寺記事 その3

 

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嵐電を間近でみることが出来る場所|太秦広隆寺駅|仁王門(南王門)

「京都・嵯峨・太秦の古寺を訪ねて」4回目は、広隆寺の正面玄関付近の様子です。

■広隆寺の正面玄関である「仁王門(南大門)」の写真を撮る

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写真を撮る為に、反対車線に渡ると、電車がやってきました。

■「嵐電」に初めて遭遇

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嵐山と四条大町をつなぐので、「嵐電」というらしいです。この嵐電、明治43年開通なんだそうで、100年を超える歴史があるそうです。私、今回、初めてみました。嵐山も、ほとんど車で行っていたので、見る機会はなかったですね・・・

LINEで情報も見れたり、貸し切りも出来たりする電車らしいです。新幹線で来て、電車でゆっくり回るのには、楽しそうな電車ですね。

嵐電ホームページ

京福電気鉄道嵐山本線

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入母屋造りのきれいなお堂|広隆寺・太子堂|聖徳太子の像を祀ったお堂

「京都・嵯峨・太秦の古寺を訪ねて」3回目は聖徳太子の像を祀ったお堂「上宮王院太子殿」です。

■入母屋造りの屋根がきれい

こういう寄棟屋根の上部に切妻屋根を重ね合わせた屋根を「入母屋造り」といって、古来からある屋根型です。古くは古墳時代まで遡り、出土される家形の埴輪は、入母屋屋根が多いんだそうです。屋根の中では、入母屋屋根が最も格式が高い形式として、重んじられています。入母屋屋根2016326163556.jpg入母屋屋根22016326163449.jpg

■静かに参拝出来ました。

ほとんど人がいないので、静かに参拝出来ました。中に、聖徳太子の太子像が収められているはずなのですが、一生懸命覗いても、厨子のなからしく、全く見えませんでした。聖徳太子の月命日?11月22日に、こちらも開扉されるそうです。

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■和を以て貴しと為す

聖徳太子 憲法十七条 第1条 和を以て貴しと為す、と正面に大きく飾られていました。「貴為和以」?この字は「尊為和以」に見えますね。どちらが正しいんでしょう?それにしても、やっぱり「和」が大切ってことですね(そりゃそうだ)

和を以て201632616364.jpg

 

広隆寺の他の記事はこちら←クリック

 

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京都に行ったら絶対に拝観したい仏像|広隆寺|弥勒菩薩半跏像

「京都・嵯峨・太秦の古寺を訪ねて」2回目は、聖徳太子と縁の深い太秦の「広隆寺」「弥勒菩薩半跏像」の記事です。

お仏像の前に立つと、心穏やかな気持ちになれます。

■広隆寺を訪れるのは2回目

広隆寺を訪れるのは2回目です。お寺の名前を聞いた時、確か以前、行ったことがあるような気がして、仏像が収められている「霊宝殿」に入った際、「やっぱりここに来たことがある!」とやっと思い出しました。中は撮影禁止なので、今度は忘れないように、見学してきた様子をここに記します。

■京都に行ったら絶対に拝観したい仏像「弥勒菩薩半跏像」は国宝第1号

確か以前訪れた際も、「弥勒菩薩半跏像」がメインだったような気がします。この「弥勒菩薩半跏像」は7世紀前半のもので、なんと「国宝第1号」なんだそうです。実は国宝第1号とういのはいくつかあるらしく、仏像では1号、ということなのかなと思います。

弥勒菩薩半跏像 国宝1号2016326113713.jpg

こちらの口の両端が少しつり上がったほほえみを「アルカイク・スマイル」というんだそうです。こちらの仏像は、宝冠から仏体、楊座(とうざ)まで一材から掘り出されていて、元は全身に金箔が貼られていたそうです。現在はほとんど剥落しています。(なんといっても約1300年前の仏像ですもんね)。戦後にこの像の材質が「アカマツ」と判明し、日本ではあまり使用されない材などの理由から、朝鮮から渡ってきた像という説が強いらしいです。

■鉄筋コンクリート造の「霊宝殿」

広隆寺は京都最古のお寺なので、古い仏画や古文書などが数多くあります。従来は諸仏殿内に安置されていたものを、保管上、盗難や火災を避けるために、鉄筋コンクリート造の「霊宝殿」に安置されています。内部は空調設備があり壁面、天井は桐張りです。今日は、とても暖かな日ですが、中に入ると「冷んやり」します。そして内部は薄暗く、目が慣れてこないと、はっきり見えません。長方形のガランとした空間に、壁に沿って、ぐるりと47体の仏像が並んでいます。(下の写真は「旧霊宝殿」)

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■心が穏やかになりますよ

一番のメインは「弥勒菩薩半跏像」で、その前にはタタミが敷いてあって、正座して観ることも出来ます。反対側には、一番大きな仏像の「千手観音 座像」があり、手の先端はとれていて、かなり傷んでいる印象です。その横の国宝の千手観音様は比較的きれいで、手も40本残っているみたいでした。とある 本で、半身不随になって手が使えなくなった人が、千手観音様に「手を貸して下さい」とお願いしたら、手が動く様になったとか。その方が亡くなったあと、手 を「返しに」行ったそうです。あとは酉年生まれの守り本尊「不動明王」に手を合わせて、「商売繁盛、身体健全、良縁?」を祈願。

■お庭がきれい

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霊宝殿の前にあるお庭が、とてもきれいでした。

少しずつ暖かくなってきたので、ぜひ一度、立ち寄ってみてください。

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広隆寺 京都府京都市右京区太秦蜂岡町32

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源氏物語の「夕顔」の舞台になったといわれる|遍照寺|昔々は景勝の地

「京都・嵯峨・太秦の古寺を訪ねて」1回目は、遍照寺です。

■小さなこぢんまりしたお寺

京都・嵯峨の遍照寺(へんしょうじ)は、寛朝僧正が平安中期(989年)に開創したものです。

大通りからは、歩いてお寺に向かいます。住宅街を5分くらい歩いていると、突如現れます。うっかりおしゃべりでもしながら歩いていると、通り過ぎてしまいそうになるくらい、こぢんまりしています。

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お寺は、小さくて、かわいらしい雰囲気です。

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なぜかアプローチに対して、建物が少し傾いています。理由はよく分かりませんが、考えられるのは、西方浄土の考え方で、建物は真西に向けたのかなあ、ということくらいです。

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■十一面観音立像 赤不動

 

仏様は「十一面観音立像(重文)」(10世紀前半のもの)で、元々は、広沢池中島の観音堂にあったのが、応仁の乱で廃墟となり、それを江戸期に赤不動さんと共に現在の位置に移したんだそうです。撮影禁止なので、入口部分を少し。

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■源氏物語の身分違いの恋「夕顔」の舞台

この「広沢池」は景勝の地で観月の名勝として知られていて、紫式部が20歳の頃、具平親王(ともひらしんのう)と大顔(おおがお)がお忍びで遍照寺にお月見に出かけた際、大顔が急死してしまって、紫式部の父と伯父は残された子供のために奔走することになったそうです。具平親王は身分が高く、博学多才だったのに対し、大顔は親王家に仕える雑役の女性だったそうです。身分違いの恋は「源氏物語」の「夕顔」の舞台の土台になったといわれていて、光源氏と身分違いの恋をしていた夕顔は、大顔がモデルなんだそうです。

1000年近く前に、この小さなお寺でそんな物語があったなんて・・・この広沢池周辺は、沼地だった為、あまり人が住んでいなかったそうです。今では、ひしめくあうように建物が並ぶ住宅街の中にあるので、今ひとつイメージが沸かないですが、昔は素敵な場所で、きっと月もきれいに見えたんでしょうね。

■場所

京都・嵯峨の遍照寺(へんしょうじ)は、広沢池のすぐ南側にあり、渡月橋で有名な、嵐山の少し北に行った所にあります。興味のある方はぜひ一度行ってみてください。

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遍照寺

京都市右京区嵯峨広沢西裏町14

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出会いと別れの季節|サラリーマンの方は大変ですね

今日は取引先の方々の送別会でした。毎年、3月末になると、「異動」があるので、会社勤めの方は大変です。私達は、「誰々さんが今度はあそこだって~」とうわさ話がちょっとだけ、楽しみだったりしますが、ご本人にとってみると、意に介さない異動もあると思うので、大変なんだと思います。

私は自営業が長いので、会社勤めの記憶は薄れつつありますが、同じ会社で何年も勤め上げるというのは、ある意味、強い意志がないと、難しいですよね。私、若い頃は、「趣味:転職」と言っていたくらい、「う~ん、ちょっと違う」と思うと、あっさり転職してました。時代的にも、それが比較的簡単に出来た、ということもあります。ただ、それが転機になって、現在の職業に就けているので、結果的には必要な転職だったんだろうと思います。

慣れ親しんだ方々とのお別れは、さみしくもありますが、また4月になれば、新たな出会いがあります。

毎年年度末は、こうやってひとつづつ時が過ぎて行って、きっと、何十年か先に、この季節を懐かしいと思う日がくるんでしょうね。

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愛知県美術館|ピカソ展を見終わって|休憩場所が沢山ありました。

先日、「天才!ピカソの秘密」展を見に行ってきました。

その際の記事はこちらです。

ピカソ、天才の秘密|愛知県美術館|3/21まで

愛知芸術文化センター|愛知県美術館までの道のり

愛知県美術館は、休憩場所が沢山ありました!

まずは、エスカレーターで10階まで上がったところの様子です。更に高い吹抜から、あたたかな光が降り注いでいて、ゆったりしたソファがあります。振り返ると、中庭があって、ちょっとした気分転換になります。

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愛知県美術感、正面玄関の様子です。高い吹抜をうまく利用して、大きな建物がそびえているようなファサードです。手前はチケット売り場、中に入るとミュージアムショップがあり、その奥の「ピカソ展」の看板附近から、中へ入ります。

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そして、一通り、じっくりピカソ展を堪能しました!

展示室の中にも途中で休めるようにソファが置いてあります。そこでゆっくり、今回のピカソ展の図録を見ながら、休みます。そういった途中にあるソファが、他の美術館に比べて、少し広く、数も多めだったような気がします。

そして、最後は出口!

展示室の出口を出たところの様子です。

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多角形の吹抜空間の上部に、外形にあわせたトップライトが設置されていて、教会のような安らぐイメージです。美術館もしっかり見ると結構疲れるので、ここで少し、ゆっくり出来ます。

さて、少しゆっくりしたところで、この通路の先のミュージアムショップで、お買い物です。

そして、美術館の外へ出ると、先程の開放的な吹抜のあるソファーに戻ります。

201632194013.jpgのサムネイル画像

愛知県美術館は久しぶりに訪れたので、ひとつひとつの見せ場を、改めて新鮮な気持ちで楽しむことが出来ました。

愛知県美術館〔愛知芸術文化センター10階〕

〒461-8525 名古屋市東区東桜1-13-2
TEL 052-971-5511(代) FAX052-971-5604 

 

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愛知芸術文化センター|愛知県美術館までの道のり

愛知県美術館は、通称芸文、いわゆる愛知芸術文化センターの中にあります。

今日は入口までの道のりをご案内します。

まず、正面玄関の様子です。愛知県美術館や芸術劇場なども、芸文の中に入っていることが判ります。

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風除室を抜けて中へ入ると、エスカレーターがあります。とりあえず、それに乗ります。

 

2016319202717.jpg左方向を見ると、地下に通じる吹抜があります。鳥?のようなオブジェも建築当初のままのようです。

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一つ上に上がると、今度は地上に向かって高い吹抜があります。

201631921846.jpg長~いスロープで上がることも出来ます。

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天井からつり下げられているオブジェも、建築当初のまま変わっていません。

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まだまだエスカレーターは続きます。

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結局、エスカレーターで、愛知県美術館のある10階まで上がってきてしまいました。10階から下を見下ろすと、圧巻です。途中、写真展があったり、コンサートホールの催しものの案内をみたり、エレベーターで一気に上がるのもいいですが、ぶらぶらしながら上がるのも、いいもんです。

芸文も、出来た当初は斬新な造りに感激しましたが、さすがに20年以上経つと、少しずつ色あせ感が出ていました。せめてオブジェだけでもたまには取り替えると、楽しめるのになと、個人的な意見です。

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愛知県芸術文化センター

〒461-8525 名古屋市東区東桜一丁目13番2号
TEL(052)971-5511
 

 

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